中島飛行機三鷹研究所

昭和22年(1947年)9月8日 米軍撮影 国土地理院
中島飛行機三鷹研究所は、現在のICU国際基督教大学の敷地(北側は小金井市東町)に、昭和16年(1941年)12月8日、真珠湾攻撃の日に地鎮祭が行われ、昭和19年(1944年)に本格稼働を始めた新型軍用機の開発施設です。
武蔵野地域には戦前日本を代表する軍用機メーカーの中島飛行機の海軍用の多摩製作所、陸軍用の武蔵野製作所といった複数の工場、施設がありました(後に2つの工場は合併して武蔵製作所に統一)。
その内の一つが三鷹大沢地区に設立された中島飛行機三鷹研究所です。約60万坪という広大な敷地を持つ軍用機開発のための研究所で、機体開発部門とエンジン開発部門が置かれました。最盛期には従業員が4000名いましたが、稼働するのが遅かったため新機の実用化が間に合わずに敗戦を迎えました。
戦後、この研究所一帯は米軍に接収され、跡地には中島飛行機の後身富士重工業東京事業所(スバル)と昭和28年(1953年)にICU国際基督教大学が創設されました。研究所の建物が大学の本館になっています。

中島飛行機三鷹研究所跡
左は研究本館、右は機体の組み立て工場
昭和30年前後 前田武男撮影(小金井市文化財センター)
大学は開校当初に土地の一部を資金調達のためジャージー牧場として牛乳を生産し、その後、昭和39年(1964年)にはゴルフコースとして活用してきました。今の野川公園にその跡を留めています。
大学敷地の北側には、昭和53年(1978年)に開校したICU付属高校(小金井市東町)があります。